疫学研究で見る野菜・果物摂取と健康の関係
2. 果物摂取と健康の関係
c. 糖尿病
果物には果糖が比較的多く含まれ、その甘み故に肥満や高脂血症・糖尿病には良くないと捉えられることが多いです。果糖と血清脂質、糖尿病に関する研究は多く行われてきましたが、通常の食生活において摂取するレベルでは問題の無いことが明らかにされています 1), 2), 3)。 また、糖尿病患者の食事指導においても、毎日80 kcalの果物(ミカンで約2個程度)は必要とされています 4)。
一方、近年の疫学研究では、果物も野菜と同じように糖尿病の予防に有効かもしれないとする研究結果が報告されています。米国で行われた9,665人を対象にした約20年間にわたるコホート研究により、果物と野菜の摂取が糖尿病予防に有効ではないかとする結果が報告されました 5) 。この調査では20年間の追跡調査期間中に1,018名が糖尿病に罹患し、糖尿病発症のリスクと果物・野菜の摂取頻度との関連を3つのグループに分けて解析しています。果物・野菜を殆ど食べないグループでの糖尿病発症のリスクを1とした場合、毎日1〜4サービング食べる女性グループでのリスクは0.80まで下がり、毎日5サービング以上食べる女性グループでは0.54まで下がりました。
一方、男性ではこのような効果は全く認められなかったとしています。この研究では果物と野菜をひとくくりにして質問していましたが、近年では果物や緑色野菜に着目した解析結果がフィンランドの研究グループから報告されました 6)。40〜69歳の男女4,304名を23年間追跡調査した結果です。この調査で最終的に383名が2型糖尿病を発症しました。食事調査からそれぞれの食品の摂取量を5分割したところ、最も果物をよく食べるグループでのII型糖尿病発症リスクは0.69まで下がり、緑色野菜の高摂取群での0.69とほぼ同じレベルまでII型糖尿病の発症率が低かったと報告しています。これまで、糖尿病患者の血液中ビタミン・カロテノイド濃度が健常者に比べて有意に低いことが報告されており 7), 8) 、このことからも果物は野菜と同様に糖尿病予防に重要と考えられてきました。しかし、これら一連の研究は症例対照研究であり、コホート研究で果物の糖尿病に対する予防効果の可能性を示したのはこれらの研究結果が初めてです。
一方、疫学研究の評価手法という点ではコホート研究ほど精度は高くありませんが、断面疫学調査で直接果物と糖尿病との関連について言及している報告もあります。一つはグリーンランドの3地域に住むイヌイットからランダムに抽出した917人について、糖尿病と耐糖能異常のリスクについて調査を行った報告です 9) 。この研究報告では、糖尿病罹病のリスクファクターとして、糖尿病家族歴・年齢・肥満度・アルコール摂取が関連しているとする一方で、新鮮な果物とアザラシ肉の摂取頻度が糖尿病有病率と逆相関であったと報告しています。イヌイットという極めて特徴的な食生活様式を有する人種においては、野菜よりも新鮮な果物の摂取が糖尿病予防に有効ではないかと考えられます。また欧州8ヶ国、約40万人を対象にした大規模コホート研究のデータを用いて症例対照研究を行った結果も報告されています 10)。この研究では192名の糖尿病と性・年齢をマッチさせた対照382名の食事調査を行い、新鮮な果物を多く取ることが糖尿病のリスクを下げると報告しています。
一方、日本国内での断面調査結果で、ミカンの主要産地における住民6,049名を対象にした自記式アンケートによる調査から、ミカンを高頻度に摂取しているグループでは糖尿病の有病率が有意に低かったとする報告もあります 11)。この研究報告は、調査手法が自記式によるアンケート調査であるため、糖尿病の診断基準が曖昧であること、糖尿病罹病に影響する他の要因を考慮していないなど、疫学研究の調査手法としては問題があるものの、日本国内で最も消費量の多い果物について、その摂取量の多い地域住民を対象にした調査により、毎日ミカンを食べるグループにおいて顕著なオッズ比の低下を認めている点で興味深い結果です。
また、北海道の一地域住民を対象にした疫学調査では、血清ビタミン・カロテノイド値と糖尿病の指標となるHbA1cとの関連について興味深い結果が報告されています 12) 。この調査では、果物や緑黄色野菜に多く含まれるカロテノイドに着目し、血清中のα、β-カロテン、リコピン、β-クリプトキサンチン、ゼアキサンチン、ルテイン濃度が高いグループでは高HbA1c(5.6%以上)のリスクが低いことを報告しています。一方、糖尿病の診断基準をより明確にして、血清カロテノイドと糖尿病との関連を横断的に解析した結果が近年オーストラリアから報告されました 13) 。この研究では空腹時血糖値に加え耐糖能試験も行い、より正確な糖尿病状態を把握して解析しています。その結果、正常群・耐糖能異常群及び糖尿病群でそれぞれ血清カロテノイドレベルを比較すると、α-カロテン、β-クリプトキサンチン、β-カロテン、ルテイン、ゼアキサンチンレベルが耐糖能異常群や糖尿病群になるほど低いことを報告しています。これらの結果は、果物や緑黄色野菜の摂取が糖尿病予防に有効であることを示唆しており、特に日本人にとってβ-クリプトキサンチンの最大の供給源がミカンであるため、Sugiuraら 11) の結果も併せ、ミカンの摂取が糖尿病予防に有効である可能性を示すものです。
上記の研究と関連したものとして、フィンランドで行われた4,304名を23年間追跡調査した興味深い結果が報告されています 14) 。この研究では被験者に対して食事調査を行った結果から、食事から摂取した抗酸化物質の推定摂取量を算出し、糖尿病の罹患率と抗酸化物質摂取量との関係を詳細に解析したものです。調査ではビタミンE、ビタミンC、カロテノイド類について解析していますが、これらのうち糖尿病罹病のリスクを有意に下げていたのはカロテノイドではβ-クリプトキサンチンのみでした。フィンランド人の血清β-クリプトキサンチンはミカンを食べる日本人に比べて遙かに低いレベルですが、欧米の研究からもβ-クリプトキサンチンの糖尿病予防効果の可能性が示された興味深い結果といえます。また日本人を対象にした調査結果も近年報告されました 15) 。糖尿病歴を有さず空腹時血糖値が126mg/dl未満の非糖尿病者である男女812名の空腹時血糖値とインスリン値からインスリン抵抗性の疫学指標であるHOMA指数(Homeostasis model assessment insulin resistance index)を算出し、血清カロテノイドとの関連を調べた結果です。
その結果、血清β-クリプトキサンチン濃度が高いグループほどHOMA指数が低くいことが明らかとなりました。リコペンやβ-カロテン等にも同様の関連がみられましたが、男女ともに有意な関連が認められたのはβ-クリプトキサンチンのみでした。インスリン抵抗性を予防することはII型糖尿病のリスクを軽減する上で重要ですが、β-クリプトキサンチンを豊富に含むミカンなどのカンキツ類の摂取はインスリン抵抗の予防に有効かもしれません。また果物・野菜はグリセミックインデックス(GI値)が低い食品ですが、最近、果物や野菜のように低GI値食品の摂取量が多いとインスリン抵抗性リスクが低かったとする結果も報告されています 16) 。
ところで、ビタミンCの供給源としては特に果物の寄与が大きいですが、血中ビタミンCとII型糖尿病発症率との関係を追跡調査した結果が最近報告されました。Hardingらは21,831名の健康な男女を12年間追跡したところ、調査開始時に血中ビタミンC濃度が最も高かったグループでのII型糖尿病の発症リスクは、最も血中濃度の低かったグループと比較して0.38まで下がっていたと報告しています 17) 。ビタミンCは主要な抗酸化物質であり、生体内における酸化ストレスを軽減することでII型糖尿病の発症を抑制するのではないかと考えられています。このような期待から、最近、ビタミンCを長期間投与して、II型糖尿病の発症が抑えられるか検討した大規模な介入試験の結果が報告されました 18) 。心血管系疾患歴を有する者もしくはこれらのハイリスク者約8千人を対象にした米国のWomen’s Antioxidant Cardiovascular Studyの研究です。毎日500mgのビタミンCを約9年間に渡り投与したところ、有意ではありませんでしたが、II型糖尿病の発症リスクが11%低下したと報告しています。心血管系疾患のハイリスク者を対象にした介入試験の結果ですが、今後は健常者を対象にしたヒト介入試験の結果が期待されます。一方、ビタミンCとE及びβ-カロテンを含む抗酸化剤を肥満者48名に対して8週間に渡り投与した介入試験では、HOMA指数で評価したインスリン抵抗性が改善したという研究結果も報告されています 19) 。またこの研究では、血中アディポネクチンの増加と血中過酸化脂質の低下も観察されたことから、抗酸化剤の投与により酸化ストレスが軽減することでインスリン抵抗性が改善したのではないかと報告しています。
また、果物にはビタミンCやカロテノイドといった抗酸化物質以外にも食物繊維が非常に多く含まれます。これまで食物繊維と大腸がんに着目した研究が数多く報告されてきましたが、最近、食物繊維と妊娠期における糖尿病発症との関連について、13,110の女性を8年間追跡したコホート研究の結果が報告されました 20) 。妊娠前の食事調査と妊娠期における糖尿病発症リスクとの関連を解析した結果、果物由来の食物繊維を毎日5g多く摂取することで妊娠期の糖尿病発症リスクを26%下げることができると報告しています。
多くの疫学研究から、果物の摂取が様々な生活習慣病の予防に有効であることが考えられていますが、つい最近、上海の大規模コホート研究から、糖尿病が原因となる死亡リスクが顕著に低下したという研究結果も報告されました 21) 。この研究では調査開始時の栄養調査の結果について主成分分析を行い、それぞれの食事パターンと死亡リスクとの関連を平均5.7年間に渡り追跡して解析を行っています。
その結果、果物の摂取量が豊富な食事パターンでは、総死亡リスク、循環器系疾患による死亡リスク、脳卒中による死亡リスクのいずれも有意に低下していましたが、糖尿病が原因による死亡リスクが0.51でもっともリスクを下げていたと報告しています。同様に興味深い研究としてNöthlingsらの報告もあります。Nöthlingsらは糖尿病患者10,449名を平均9年間追跡したところ、果物・野菜・豆類をたくさん食べている糖尿病患者ではそうでない糖尿病患者と比較して、全死亡リスクが低く、特に心血管系疾患による死亡リスクが0.88まで下がっていたと報告しています 22) 。この研究からも、たとえ糖尿病になっていても果物を積極的に摂った方が良いということが言えます。
以上のように、果物の摂取が糖尿病予防に有効ではないかと考えられるようになってきましたが、リスクを下げたとする研究報告が数多くある一方で、全く関連が無かったとする報告もあります。つい最近では、HamerとChibaは5つのコホート研究の結果について総合的に解析(メタアナリシス)したところ、果物の摂取量は糖尿病の発症リスクと関連が無かったと報告しています 23) 。果物摂取と糖尿病との関連については、コホート研究の結果がまだ数が少ないのが現状です。今後、更に多くのコホート研究の成果が期待されます。
ところで、糖尿病予防に有望な果物ですが、どうやらその効果を期待するなら生の果物で摂取した方が良さそうだとする結果が最近報告されました。ジュースは手軽に果物を摂取でき、グレープフルーツやオレンジなどのジュースが循環器系疾患の予防に効果的であることは既に幾つかの研究からも示されています。しかしながら糖尿病については逆にリスクを上げるのではないかとする研究結果です。Bazzanoらは71,346名の女性看護師を18年間追跡調査したところ、一日当たり3サービングの生の果物を多く摂ることでII型糖尿病のリスクが18%低下する一方で、果物ジュースの摂取量が一日当たり1回増えるに従い、2型糖尿病のリスクが逆に18%増加すると報告しています 24) 。生の果物を摂取した場合とは全く逆の結果ですが、その理由としてBazzanoらは、ジュースにすることで食物繊維や植物性二次代謝産物などの糖尿病予防に有効と考えられる成分がジュースでは十分に取れず、また糖質を短時間でしかも大量に摂取することが逆に糖尿病のリスクを高める結果になっているのではないかと考察しています。
同様の観点から、耐糖能との関係を横断的に検討した結果が最近報告されました。Sartorelliらは、30歳以上の男女約千人にグルコース負荷試験を行い、耐糖能と果汁飲料摂取量との関連を調べています 25) 。その結果、生の果物摂取量とは関連が認められないものの、甘味料を添加した果汁飲料の摂取量が多いグループでは耐糖能異常のリスクが2.3倍高かったと報告しています。手軽に摂れて健康にも良いはずの果物ジュースですが、こと糖尿病に関しては注意が必要かもしれません。