疫学研究で見る野菜・果物摂取と健康の関係
2. 果物摂取と健康の関係
e. 骨の健康
骨粗鬆症は「全身の骨量(骨の強さを規定する量的因子の総称)の減少」と「骨の内部構造や質の変化」により、骨折が起こりやすくなる病気です。骨量は成長とともに増加し30歳代までに最大骨量に達した後、加齢により減少していきますが、特に女性では閉経をむかえる40〜50歳代に急激な骨量の減少が見られます。
骨は人間の身体を支える支柱としての役割を果たすだけでなく、人の体内でカルシウム代謝を担う中心的な役割を果たしています。このため骨は、成長期以降も常に「骨吸収(骨が破壊され、血中にカルシウムイオンが放出されること)」と「骨形成(新たな骨が産生されること)」を繰り返しており、骨吸収と骨形成のバランスがとれている場合には骨量は維持されますが、骨吸収量に見合う骨形成が行われない場合には骨量は減少してしまいます。骨粗鬆症は加齢とともに増加する老年病の一つですが、栄養摂取状況や運動等の生活習慣とも深く関連しており、生活習慣病の一つでもあると考えられています。
骨粗鬆症は、遺伝要因や性・加齢・閉経といった自分では変えることができない内的な要因と、栄養や運動をはじめとした生活習慣のように日常生活の中で変えることができる外的な要因が複雑に関わりあって発症する病気です。外的な要因では喫煙・飲酒習慣が骨密度低下に影響することが解っていますが、その他の大きな要因として運動・栄養があります。成長期・思春期の運動は高い最大骨量を得るのに重要であり、また加齢による骨量の減少を緩やかにする効果があると考えられています。
一方、栄養面では、骨を構成するためのカルシウム、リン、マグネシウム、フッ素等とともにビタミンDが生体内のカルシウムとリン濃度の調節に関わっているため、これらの栄養素が健康な骨を維持するために重要と考えられています。さらに、骨の形成と維持に関わる栄養素として、銅、亜鉛、マンガン、ホウ素、ビタミンC、ビタミンKなどがあります。骨の形成や維持には多くの栄養素が関連していますが、ヒトを対象とした疫学研究で骨粗鬆症との関連や、骨粗鬆症に関連した骨折の予防効果が確立されている栄養素は多くありません。
カルシウム摂取量と骨量との関連を調べた疫学研究では、カルシウム摂取量が多いほど骨量が高いこと、カルシウム投与は骨量の減少予防に有効であることなどが示されています。ビタミンDは様々な研究でカルシウムとともに投与され、骨量や骨粗鬆症との関連が調べられています。現在までの疫学研究の成果から、適度なカルシウム、ビタミンDの摂取は骨粗鬆症や、骨粗鬆症に関連した骨折の予防に有用と考えられています。一方、最近の疫学研究では果物・野菜を積極的に摂るという食生活の改善によって骨密度の低下をある程度抑制できるのではないかということが多く報告されるようになってきており、ビタミンやミネラルの豊富な果物は健康な骨を維持する上で重要な食品であることが明らかになりつつあります。
ところで、カルシウムの供給源としては乳製品や魚・豆類等の寄与が大きいですが、これら食品の摂取量が多いと骨は大丈夫かというと必ずしもそうとは限りません。特に肉類の摂取量が多い欧米型のような食事習慣では問題となる場合があります。これはカルシウム・パラドックスとも云われますが、骨の健康にはカルシウム以外の他の栄養摂取状況とも大きく関わっているからです。十分な量のカルシウムの摂取が重要であることは言うまでもありませんが、WHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)が2003年に発表した報告書「Diet, Nutrition and the prevention diseases」 1) では、動物性タンパクの過剰摂取による含硫アミノ酸が代謝性アシドーシスを誘発し、その結果、骨吸収が盛んになり骨に悪影響を及ぼすとしています。
これを防ぐためには、カリウム、カルシウム、マグネシウム等のカチオンの摂取が重要と考えられています。果物・野菜にはカリウム等のミネラル類が豊富に含まれており、これらのミネラル類が含硫アミノ酸による代謝性アシドーシスを平衡化すると考えられています。また果物・野菜は、骨基質の重要な成分であるコラーゲンを生合成する上で必須な栄養素となるビタミンCの重要な供給源でもあります。このようなことから、先のWHO/FAOの報告書では、骨粗鬆症に関連した骨折の予防には、果物・野菜の摂取量を増やすことも重要だろうとしています。
米国で行われた思春期発達段階の女児56名を対象に食事習慣と骨密度との関係を調べた報告では、毎日3サービング以上の果物と野菜を食べる女児における骨密度はそうでない子供に比べて有意に高く、また尿中カルシウム排泄量や上皮小体ホルモンレベルも低いことから、子供の成長期において健全な骨の発育には果物・野菜の摂取が重要であることを示しています 2) 。一方、北アイルランドで行われた12歳と15歳の成長期における少年少女1,345名について、骨密度と果物・野菜の摂取との関係について調べた報告では、特に12歳の少女における骨の成長には果物の摂取が重要であることを示しています 3) 。またカナダで8〜20歳の幼年期から青年期の男女152名を7年間追跡調査した結果では、特に男の子でカルシウムの摂取量と運動量の他に果物や野菜の摂取量が骨密度と有意に関連していたと報告しています 4)。
これら3つの研究報告から、果物の摂取が子供の発育段階から重要であることが考えられます。また、成人を対象にした研究も行われています。イギリスで行われた閉経前の健康な女性994名を調査した結果では、牛乳と果物の摂取が少ない女性では、摂取量の多い人に比べ、骨密度が低いことがわかわりました 5) 。また閉経した女性670名の骨密度を調べた中国の研究でも、果物・野菜の摂取量が多いグループほど有意に骨密度が高かったと報告しています 6)。
一方、この研究よりも更に詳細に調べた報告として、閉経前と閉経後における骨密度の減少を891名の女性について追跡調査した結果が報告されています 7) 。食事調査したデータをもとに栄養摂取量との関連を解析した結果、果物・野菜に豊富に含まれているビタミンC・マグネシウム・カリウムの摂取量が多いと骨密度の低下を抑制できたとしています。このことからビタミンCやミネラルが豊富な果物の摂取は骨粗鬆症の予防に有効と考えられます。
一方、男性も対象にした調査も米国で行われています。この調査では69歳以上の老年期の男女907名を対象にして骨密度と食生活習慣との関連を解析しているが、男性において果物・野菜の摂取量と骨密度が有意に相関していたと報告しています 8), 9)。
また最近、日本人を対象にした研究も報告されました。日本国内5地域における農業に従事する閉経前の女性291名について、食事パターンと骨密度との関連を解析した結果です 10) 。この研究では栄養調査した結果から、4つの食事パターンに分類し、それぞれの食事パターンの摂取量が最も少ないグループから最も多いグループまで5分割して骨密度を比較しています。その結果、脂肪や肉、食用油の摂取量が多い西欧型食事パターンが多いほど骨密度が低い傾向にありました。これに対し、果物や緑黄色野菜・キノコ・魚介類の摂取量が多い健康的な食事パターンが多いほど有意に骨密度が高かったと報告しています。
ところで、健康な骨を維持するためにはカルシウムやビタミンDに加え、果物や野菜の摂取が重要なことは先に述べたとおりですが、つい最近、妊娠期における母親の食事パターンが子供の骨密度に影響するという論文が報告されました。インド人妊婦797名の食事パターンを調査し、6年後に生まれた子供の骨密度を調査したところ、妊娠期にカルシウムの多い食事を摂っていた母親の子供ほど骨量・骨密度ともに高かったと報告しています。この中で、野菜と同じように果物の摂取も重要としています 11)。
以上の研究から、男女ともに骨の健康を保つために果物・野菜の摂取は重要と考えられます。一方、つい最近報告された研究では、野菜の摂取量とは関連がみられないのに果物の摂取量と骨密度に有意な相関が認められたとする報告が相次いでおり、果物に多いビタミンCや抗酸化物質の関与が大きいのではないかと考えられています 12), 13)。
ところで、先述したようにWHO(世界保健機関)とFAO(国連食糧農業機関)が2003年に発表した報告書「Diet, Nutrition and the prevention diseases」 1) では、動物性タンパクの過剰摂取による含硫アミノ酸が代謝性アシドーシスを誘発し、その結果、骨吸収が盛んになり骨に悪影響を及ぼすとしています。この代謝性アシドーシスを果物に多く含まれるカチオンが平衡化することで骨吸収を抑えると考えられていましたが、つい最近、この仮説を否定する結果も得られています。Macdonaldらは276名の閉経女性に対して、2年間に渡りクエン酸カリウムをサプリメントで投与し、尿中・血中の骨代謝マーカーや腰骨の骨密度を測定しました。その結果、クエン酸カリウム介入群ではプラセボ群と比較して、骨代謝マーカーや骨密度に有意な違いは認められなかったとしています。このことからMacdonaldらは果物・野菜が骨代謝に有益なのはアシドーシスによる骨吸収を抑制するのではなく、他の植物成分によるものではないかと指摘しています 14)。
一方、最近の実験的研究から、骨芽細胞のアポトーシスや破骨細胞による骨吸収に酸化ストレスが関与していることが明らかになりました 15), 16), 17) 。実際に骨密度や骨粗しょう症と酸化ストレスとの関係が疫学研究の結果でも示されています 18), 19), 20) 。そのためこれらの酸化ストレスを抗酸化物質が抑えることで骨代謝に良い影響を及ぼしているのではないかと考えられるようになってきました。特に最近では果物・野菜に豊富に含まれるカロテノイドに着目した研究結果が相次いで報告されています。
Maggioらはイタリア人の閉経女性を対象にした調査から、骨粗しょう症を発症している人ではβ-カロテン等の血中カロテノイド値が健康な閉経女性に比べて有意に低下していることを初めて報告しました 21)。またYangらは閉経した米国人女性を対象にした調査から、骨粗しょう症を発症している女性では、血中のβ-クリプトキサンチンとリコペンレベルが低下していることを報告しています 22) 。一方、日本人を対象にした研究結果も最近報告されました。国内ミカン主要産地の地域住民を対象にした横断解析の結果です 23) 。ミカンに特徴的に多く含まれているカロテノイドであるβ-クリプトキサンチンの血清レベルが高いほど閉経女性における骨密度は高かったとする報告です。このような関連は閉経前の女性や男性では認められず、またβ-クリプトキサンチン以外のカロテノイドにはみられなかったことから、β-クリプトキサンチンの豊富なミカンの摂取が閉経に伴う骨密度の低下に対して予防的に働いている可能性が考えられます。
これら3つの調査結果は、症例対照研究あるいは横断解析の結果ですが、最近、コホート研究の結果が相次いで報告されました。Sahniらはアメリカの高齢者男女におけるカロテノイドの摂取量と脊椎骨、腰骨及び橈骨の骨密度の変化との関係を4年間追跡した結果について報告しています。その結果、総摂取カロテノイドの多い人達では骨密度の低下が緩やかであったこと 24) 、また17年間にも及ぶ追跡調査から、カロテノイドの中でも特にリコペンの摂取量が多いほど腰骨と非脊椎の骨折のリスクが低減したと報告しています 25) 。この調査ではβ-クリプトキサンチンには有意なリスクの低減効果は認められませんでした。調査する対象集団によって結果が異なるのは、それぞれの対象集団の食生活習慣が異なるためと考えられますが、どのようなカロテノイドが特に骨代謝に有益なのかについては今後の更なる疫学研究の結果が望まれます。