野菜・果物の健康維持機能に関する研究動向
5. 果物の機能性に関する研究動向
d. β-クリプトキサンチンの不思議
β-クリプトキサンチンには不思議なことがいくつかあります。日本人には血中β-クリプトキサンチンレベルの高い人が多いこと、日本の妊婦さんの母乳中β-クリプトキサンチンは世界各国と比較して圧倒的に高濃度なことです 1) 。その理由の一つはウンシュウミカンにあります。ウンシュウミカンといえばβ-クリプトキサンチン、β-クリプトキサンチンといえばウンシュウミカンといって良いほど両者は切っても切れない関係にあります。β-クリプトキサンチンを十分含んでおり、しかも日頃日本人が手にすることの多い食品といえば、ウンシュウミカンが最右翼です。ほかにはカキ、ビワ、赤ピーマン、パパイヤなどが高含有ですが、ウンシュウミカンほどポピュラーな食品ではありません。もう一つ不思議なことはβ-クリプトキサンチンの摂取量が少ないわりにその血中濃度が高いことです。たとえば、オーストラリアの研究グループが報告したものでは、β-クリプトキサンチンの1日あたりの摂取量は0.2mgとβ-カロテン、リコピンなどの10分の1ですが、血中濃度にはほとんど差がありませんでした 2) 。すなわち、β-クリプトキサンチンは吸収されやすいようです。このことも日本人のβ-クリプトキサンチン血中濃度が高い理由の一つです。
β-クリプトキサンチンの血清レベルに関する興味深い研究結果が最近報告されました 3) 。血清β-クリプトキサンチンレベルはミカンシーズンである1月にミカンの摂取頻度に依存して著しく上昇したとする結果です。この研究ではミカンのオフシーズンである9月にも検査を行っていますが、ほとんどミカンを食べない時期であるにもかかわらず、冬場のミカン摂取頻度が高い人ほど9月でも有意に高いと報告しています。この結果からβ-クリプトキサンチンはかなり長期間に渡り、体内に蓄積されることを示しています。その後、同研究グループは血清中β-クリプトキサンチン濃度の年内季節変化を詳細に追跡し、血清β-クリプトキサンチン濃度に影響する要因を重回帰分析により明らかにしています 4)。
その結果、食事で影響するものはミカンのみであることが明らかになりました。またその他の要因として性別・年齢が有意に関連しており、男性よりも女性の方が同じ量のミカンを食べていても血清β-クリプトキサンチンは上昇しやすく、また喫煙習慣・飲酒習慣・肥満度は逆に血清β-クリプトキサンチンレベルを下げることが明らかとなっています。さらに血液検査前のミカン摂取量だけでなく、2ヶ月前のミカン摂取量も有意に影響していました。このことからもβ-クリプトキサンチンが他のカロテノイドに比べて体内に貯まりやすいことが頷けます。この論文から、β-クリプトキサンチンはミカンの栄養疫学研究を行う上で、優れたバイオマーカーであることがいえそうです。
ところで、近年、果物・野菜の摂取と生活習慣病との関連についての栄養疫学研究は目覚ましい成果を上げていますが、これら生活習慣病の予防効果の一つにカロテノイドが大きく関わっているのではないかと考えられています。そこで多くの研究者がカロテノイドに着目し、どのカロテノイドが最も関連があるのかを解析しています。これまでのカロテノイドに関する疫学研究を調べると、興味深いことにカロテノイドの中ではβ-クリプトキサンチンのみに関連が認められたとする結果が、がん、糖尿病、リウマチで報告されています 5), 6), 7)。
β-クリプトキサンチンは他のカロテノイドにはない優れた生理機能を有することが考えられますが、どのようなメカニズムによるものなのかは今後の研究成果に期待したいものです。
ところで様々な生理機能が期待できるβ-クリプトキサンチンですが、せっかく摂取しても喫煙と飲酒の両方の習慣を有する人では著しく血中濃度が低くなっているという研究結果が最近報告されました 8) 。Sugiuraらはミカン産地住民を対象にした調査から、β-クリプトキサンチンの摂取量と血中濃度から、飲酒と喫煙習慣がβ-クリプトキサンチンの血中濃度とどのような関連があるかを横断的に解析しました。被験者を喫煙者と非喫煙者(煙草を止めた人を含む)で分け、更にアルコール摂取量から(1)非飲酒群(一日当たり1g未満)、(2)軽度飲酒群(1g以上25g未満)、(3)アルコール常用群(毎日25g以上)に分け、計6群のカロテノイド血中濃度を調査しました。また、6群のカロテノイド摂取量が同じになるように統計処理を行いました。
その結果、非喫煙者においては、軽度の飲酒量ではβ-クリプトキサンチンの血中濃度はほとんど変わりませんが、毎日25g以上のアルコールを摂取しているアルコール常用者では、β-クリプトキサンチンの血中濃度が有意に低いことが解りました。一方、喫煙者においては、飲酒しない人達での血中濃度は非喫煙者と有意な差は認められませんでしたが、飲酒量が比較的少量でもβ-クリプトキサンチンの血中濃度は有意に低く、飲酒量が多い人では更に顕著に低いことが解りました。飲酒も喫煙もしない人達に比べて、喫煙習慣を有するアルコール常用者では、β-クリプトキサンチンの血中濃度は約53%低い計算になりました。喫煙と飲酒の両方があることで酸化ストレスが相乗的に増大するため、これらの酸化ストレスを消去するためにβ-クリプトキサンチンが消費されているのではないかと考えられます。同様の傾向はβ-カロテンとα-カロテンにも観察されましたが、最も影響を受け易いのはβ-クリプトキサンチンでした。せっかく摂取したβ-クリプトキサンチンを有効に役立てるためにも、お酒を控えて禁煙することが賢明のようです。