国産やさいの情報提供の推進
産地が保有する料理等の情報収集の調査報告
U.にんじん販促活動(埼玉県新座市)
調査および報告 農業ジャーナリスト 青山浩子
1. 活動の背景
地産地消の体制づくりに乗りだす
新座市は東京都に隣接しており、首都圏25q圏内に位置する都市農業地帯である。にんじん、ほうれんそうなどを主体とした露地野菜の作付けがさかんな地域だ。なかでも秋冬にんじんは隣接する朝霞市とともに産地を形成し、1967年には指定産地となった。現在も60ヘクタールの作付面積を有し、出荷量は2550トン(「埼玉農林水産統計年報平成18〜19年」より)ある。
しかしここ数年、生産者の高齢化により、ほうれんそうなど軽量の葉物類に移行するケースが増え、さらににんじんの輸入増加なども手伝って、栽培面積は年々減少している。一方では、都市化が進んだために住宅地と農地が混在するようになり、化学農薬の使用など住民への配慮が求められるようになった。
そこで同市では、にんじんの消費拡大はもちろん、地元住民に農業に対する理解を促すため、減化学肥料による栽培、生産から販促までの一貫した“地産地消”の体制づくりをすすめようということになった。折しも、2001年に埼玉県が県単独で「産地営農新生推進事業」を実施することになり、新座市のにんじんがこの事業のひとつに採択された。この事業は、農林振興センター(普及部)がコーディネーター役となって産地、消費者、小売店など実需者間の連携を深めることを目的に導入された事業だ。消費者や実需者のニーズを吸い上げて生産者に還元したり、逆に産地の情報を実需者に伝え、新たな流通ルートを開拓するなど、生産現場と消費現場を結びつけることに重点が置かれた。
新座市のにんじんについては、普及組織であるさいたま農林振興センターが中心となって新座市野菜出荷組合、新座市、JAあさか野、新座市商工会がメンバーとなって「新座にんじん産地営農新生協議会(以下、協議会)」が結成された。
2. 活動の概要
量販店内に地場野菜コーナーを設置
協議会で検討し、実行していった活動内容は以下の4項目である。
- 新座にんじんのブランド化と販売体制の強化
- 安全・安心野菜の生産
- 地場野菜の学校給食への流通
- 地場野菜の市内量販店への流通
1. については、減化学肥料栽培(当地比の50%減)を生産者に促し、生産されたにんじんは全農さいたまが提唱しているブランド「菜色美人」としての流通を推進。2. については、太陽熱消毒をおこなったり、にんじん収穫後に緑肥作物を植えるという輪作によるセンチュウ被害を減らすなど、安全性を高めるための栽培技術の指導・支援が実施された。3. については、学校関係者と生産者が交流を深め、学校給食に地場野菜の供給が始まった。ここでは4. について詳細を述べる。
協議会では、地元での消費拡大のためには地元の小売店との協力、連携が欠かせないという結論に至り、地元で店舗展開する大手量販店を巡回し、地場野菜のPRや地場野菜の直売コーナーの設置ができないかという意向調査を実施した。その結果、「新座サティ」(新座市)から「直売コーナーを設置したい」という要望がもたらされた。ところが、肝心の生産者が乗り気ではなかった。JAや卸売市場への出荷が習慣化しており、直売所の売れ行きを見ながらこまめに出荷したり、各自でパッケージまでおこなって出荷するスタイルには誰もが消極的だった。そこで、協議会で話し合いをすすめ、新たな流通ルートの開拓に意欲を見せる30代の若い生産者8名で「新座野菜生産倶楽部」を結成することになった。こうして2002年10月から新座サティ内に「地場野菜コーナー」が設置され、にんじんを含む地場野菜の出荷がスタートした。
3. 量販店における販促活動の内容と成果
品種の特徴をピーアール
量販店での試食販売
地場野菜コーナーが設置されたことを消費者にアピールするために、生産者自ら店頭に立って試食・調理方法を紹介するイベントを実施した。
試食してもらうレシピはさいたま農林振興センターが中心となって開発した。にんじんについては、消費者が作りやすく、かつにんじんが主役になれるレシピに重点をおき、「にんじんごはん」「にんじの洋風きんぴら」などのレシピを開発した(添付資料参照) 同市で栽培されるにんじんの品種は「愛紅」「向陽」「βグロリア」などがメインだが、直売所むけに甘さのある「βリッチ」を作付する生産者も多い。そこで、新座サティでのイベントでも「βリッチ」の甘さをピーアールするために、“生で食べられます”という点を知ってもらおうと「にんじんジュース」「にんじんスティック」もレシピに加え、試食してもらいながら販促をおこなった。
無視できない試食の威力
時田和昭さん
サミット新座片山店
新座野菜生産倶楽部発足当時から代表をつとめる時田和昭さんは、「試食をしてもらうことの大切さを実感した」と話す。「にんじんが苦手という人は多いが、ジュースなどを飲んでもらうと『本当に甘いのね』と感激し、買っていってくれるケースが多かった。試食宣伝をしたことで、収穫したてのにんじんのおいしさ、生でも食べられることがかなりの消費者に認知されたと思う」と話す。
時田さんはまた「イベントがうまくいったのは量販店側の協力が大きい」と話す。地場野菜を知ってもらうために、試食・販売以外にも同店が中心となって生産者の畑を訪ねるツアーを企画し、スイートコーンの収穫体験もおこない、生産者と消費者の交流を深めたという。
こうした販促活動が下地となって、地場野菜コーナーの売れ行きは順調に伸びており、生産者の所得増大にもつながった。地場野菜コーナーの売上げは1年間で2500万円〜3000万円程度。にんじんについては、消費者の間で認知が高まったこともあり、現在は試食販売などのイベントはおこなっていないという。
新座市内では2008年4月に新たな量販店「サミット新座片山店」がオープンした。全農さいたまからの紹介で、またも新座野菜生産倶楽部が地場野菜コーナーに出荷することになった。コーナーへの出荷は同年6月からだが半年間で800万円程度の売上げを確保できた。新座野菜生産倶楽部は当初の8名から18名にメンバーが増え、さらに現在、新たな店舗からも地場野菜コーナーの設置について働きかけを受けている。
4. 需要拡大のためのその他の活動
にんじんが主役になれ、作りやすいレシピを
一方、学校給食の食材供給については、週に1度の頻度で直売所活動をおこなっている「新座市農産物直売組合」が主体となって、市内にあるすべての学校(小学校16校、中学校6校)に地場野菜、2トン(1ヶ月)程度を供給している。
学校への食材提供が始まる前に、学校給食関係者を招いてにんじんの試食会を開催した。この時の会場を提供し、試食づくりを担ったのが尾崎秀雄さん・千恵子さん夫婦だった。にんじん、さつまいもなど多数の野菜を生産し、市場出荷と直売所への出荷を両立させた経営を営んでいる。試食会では「にんじんゼリー」「にんじんケーキ」「にんじんジュース」などを作ったという。
尾崎夫妻は近隣の学校、幼稚園の児童を対象とした体験農業、ファームステイなど協力し、食育活動をおこなっている。千恵子さんによると、ファームステイを受け入れた中学校の生徒ににんじんを使った料理を何品か食べさせたところ、「いちばんおいしいといったのがにんじんのきんぴらだった」という。甘さが強い点が気に入ったようだった。
千恵子さんが提案するのは、(1)「にんじんのきんぴら(添付資料参照)」、(2)(1)を卵でとじた「きんぴらの卵とじ」、(3)(1)にたらこを加えた「きんぴらのたらこ和え」だ。すべてきんぴらの応用で作ることでき、ひとつ覚えていれば3品はできる。千恵子さんは「にんじんは色がきれいなので、彩りとして使われることが多いが、たくさん食べてもらうにはにんじんが主役になれるレシピを開発すること、さらに簡単に作れることが大切」と話す。
企業と連携し加工品を開発
和食店(堀天)の「にんじんうどん」
一方、千恵子さんは新座市内で製麺業を営む村上朝日製麺所と連携し、「にんじんうどん」という加工品を開発した。二人とも、新座市の主催する「観光都市づくり」の推進委員だったことがきっかけで特産品づくりの開発に乗りだし、すりおろしてペースト状にしたにんじんをうどんの生地に練り込む「にんじんうどん」が商品化された。現在、同市内にある和食店「堀天」、新座市役所など5か所で提供している。「何かひとつの品目の需要を拡大するには、生産者だけの活動では限界がある。生産者、実需者、消費者など全体を俯瞰できる立場の人がコーディネーターとなって各機関を有機的に結びつけていくことが必要だと思う」と千恵子さんは指摘する。
5. まとめ
調査を通じ、にんじんには需要拡大の余地がまだまだ大きく残されている品目ではないかと感じた。にんじんを使った料理というと、カレーやシチューなどの具材の一つとしての使い方が真っ先に思い浮かぶが、きんぴら、天ぷらといった料理にもむき、最近ではにんじんジュースとしての需要も広がってきた。またにんじんの品種も増えており、それぞれ特徴を持っている。
ところが量販店などの売り場で、品種の特性を唄った売り方をしているところはほとんどない。また「○○料理にはこのにんじんがよくあいます」といったような使い分けを提案しているケースも少ない。
時田さんたちは積極的に食べ方提案をしている
新座市で直売所向けに作付けが増えている。「βリッチ」は、「栄養価が高い」という売り込み方ではなく、需要が高まっているジュースという消費方法に着目して「ジュースにピッタリ」という売り方をしたところ、消費者の購買意欲が向上したという話を聞いた。このように消費者が興味を持ちそうな食べ方からにんじんを売り込むアプローチをすれば消費を刺激することができるだろう。また産地サイドでは、品種ごとの特徴を分析し、それに沿った食べ方、調理方法を消費者に情報提供するということも有効だろう。
参考資料:産地営農新生推進事業取り組み事例集「新座にんじん産地の活性化」〜多彩な取り組みによる「新座農業」の確立〜(埼玉県)
添付資料:埼玉農林振興センターが販促用に開発したレシピ4品 (PDF: 183KB)