野菜・果物の健康維持機能に関する研究動向
5. 果物の機能性に関する研究動向
o. 果実類の抗酸化機能とORAC法による評価
酸素呼吸を行う生物の体内では呼吸反応に伴い、スーパーオキシドアニオンラジカル(O2+)、過酸化水素(H2O2)、一重項酸素(1O2)、ヒロキシルラジカル(+OH)といった活性酸素種が常時発生しています。これらは、生体の維持に必要なものですが、余剰のものが脂質、タンパク、核酸などの生体分子に損傷を与えることもあります。生体にはカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ等の抗酸化酵素と呼ばれる酵素が存在し、活性酸素の無害化を行っています。しかしながら、何らの要因でこれらの酵素系により活性酸素を処理しきれない場合には、がんや動脈硬化などの疾病や老化の原因にもつながると考えられ、食事から摂取するラジカル消去能を持つ抗酸化物質が健康の維持に重要な役割をはたしていると考えられています1)。
このような背景から、食品のもつラジカル消去能、抗酸化性を数値化して、消費者が食品を選択する際の情報の一つとして提供しようとする試みが数多く行われてきています2)。
もっとも簡単な測定法は、安定な有色ラジカルであるDPPH(1,1-diphenyl-2-picryl-hydrazyl)を用いる方法3)であり、これまでに多くの食品を対象にした評価が行われてきています。一方、米国農務省と国立老化研究所の研究グループが中心となって開発したORAC(Oxygen Radical Absorbance Capacity)法と呼ばれる評価手法が注目を集めるようになっています。現在、ORAC法とフォーリンチオカルト法によるポリフェノールの定量を組み合わせて、標準的な食品の抗酸化機能の尺度として用いようとする方向での検討が進められています4)。
ORAC法は、血漿の抗酸化能を測定する方法として開発されたもので、中性付近のpHで、37℃での反応を基本とするため生体内に近い環境での測定が可能です。β−フィコエリトリン5)やフルオレセイン6)などの蛍光化合物が、活性酸素種の一つであるペルオキシラジカルの存在下で分解され、蛍光が経時的に減衰することを利用した測定法です。この系の中にペルオキシラジカル消去能を持つ物質が存在すれば、蛍光の減衰速度が低下します。
ORAC法では、その低下の度合いを標準物質であるトロロックス(ビタミンEの水溶性誘導体)と比較して試料の抗酸化能を算出しています。ORACの様なラジカル種の吸収容量を測定する抗酸化評価系は、異なる種類のラジカル発生系を取り入れることでラジカル消去作用の評価対象を拡大することが可能であり、これまでに、ペルオキシラジカル以外にも、ヒドロキシルラジカル7)、ペルオキシナイトライト8)、スーパーオキシドアニオンラジカル9)を対象とした手法が開発されています。しかしながら、一重項酸素の消去などを主な作用機作とする化合物の評価には十分に対応できておらず、今後さらに検討を進めることが求められています。
ORAC法による食品の抗酸化能の評価が行われるようになった初期の段階で、米国で消費されている主要な果実類についてのORAC値が報告されています10)。この中では、ポリフェノール含量が高いベリー類がORAC値の高い果実として取り扱われています。その後、ORAC法による様々な食品の抗酸化能の評価が進められ、現在では米国内で市販されている果実、野菜、ナッツ、スパイス等277種類についての調査結果がデータベースとして取りまとめられています11)。
高い抗酸化機能を持った果実類を摂取した場合に、それは実際に生体内の抗酸化レベルに影響を与えるのでしょうか。この点には、抗酸化機能に寄与する成分の吸収や代謝の問題が関わってきますので、大変複雑でそれほど多くの情報が得られていないのが現状です。限られた研究例の中では、ブルーベリーやブラックベリーの果汁等を飲用した後に、血清の抗酸化レベルが急性的に上昇することが報告されています12,13)。また、リンゴ、オレンジ、ブドウ、モモ、プラム、キウイフルーツ、メロンなどについて、摂取後のヒト血清中の抗酸化レベルをジクロロフルオレセインを用いる方法で評価した実験では、大部分の果実で、摂取後30分から血清抗酸化レベルの上昇が認められています。また、上昇のパターンは果実の種類により異なり、それぞれの果実により抗酸化レベルの上昇に寄与する成分が異なることを示唆しています14)。
一方、このような血清抗酸化レベルの上昇は、果実類に含まれる果糖の代謝により血清中に抗酸化能をもつ尿酸が増加することによる要因が大きく、摂取するポリフェノールなどの影響は大きくないとの報告もあります15)。
果実類の抗酸化機能については、生体レベルでの理解を進めるために、今後さらなる研究が求められるでしょう。